写真之介

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2012年 08月 07日

te.to.te インタビュー

WEB 本の雑誌

インタビューページ

「何もかもが同じだということもなければ、決定的に違うということもない」注目のろうあ写真家が、世界をつなぐ一筋の細い線を紡ぐ


 第33回キヤノン写真新世紀優秀賞を受賞、いま注目を集める写真家の齋藤陽道さんは、生まれながらにして耳が聴こえないろう者。社会的にマイノリティとされる人たちを被写体に選ぶことが多い。

 「視聴や視覚、知的障害者を扱った写真集は今までもたくさん出ていましたが、カテゴリ分けされているのに違和感がありました。ただ、存在するものが一列に並んでいる世界を、まず自分自身が見てみたかった。何もかもが同じだということもなければ、決定的に違うということもないと思います」と話す齋藤さん。細い線をたぐっていくような構成を意識したという。

 写真集では、微妙な色味やトーンを紙面で再現するため、繊細な指示が必要となってくる。アートディレクションを担当した寄藤文平さんは「齋藤くん、編集者、印刷会社の担当者、複数の人たちと意識共有するのが、今回一番難しかった点だった」と話す。

 「1対1でなら筆談でやり取りできるんですが、複数の人が集まる場だとどうしても後手に回って細かい情報の把握ができないんです。例えほんの些細なことであっても、どうアイディアに結びつくかわからない。雑談や口ぐせといった、取るに足らない情報を知ることに対し憧れがあります」と齋藤さん。

 次回作の打ち合わせのために文平さんの事務所に集まった二人は、コミュニケーションの壁を減らすうため、コクヨが提供するiPad対応手書きノートアプリ「te.to.te」を導入してみることに。

 このアプリは、手書きのイラストや文字を複数の人で共有しながらノートを作り上げることができるドローイングコミュニケーションツール。画像も貼り付けられるので、写真集の構成案を練る時に最適だ。打ち合わせ中は、斎藤さんが貼り付けた写真を元に全体のコンセプトや構成、またトリミングなど細かい調整もこのアプリ上で共有。時には他愛もない雑談などもやり取りした。

 "たくさんの人の、普通の言葉"を拾うツールとして、このアプリに対しとても可能性を感じたという齋藤さん。「とくに文平さんの会話の末尾はとても色々なことが詰まっています。このアプリでもっともっと拾っていけたら」と話す。

【関連リンク】
te.to.te




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by umideomoukoto | 2012-08-07 19:08 | 仕事 WORK
2012年 08月 05日

写真について只今の心情 【2007年のものを再録】

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いつのまにかおれの告白は独言になっていた。

そのことに気づいたとき、羞恥心にまみれて長い長いまばたきをした。

やりたいことはなんだったか。

願ってきていたことはなんだったか。

おれは言葉もなく見つめて見つめることを願っていた。

音無し子のおれには見ることがとても大事なことで、

だったら見ているということをまるだしのむきだしにするしかない、と思っていた。

そして見つめさせてくれたことへ対しての

じょぼっとしたものがこもった人さし指をクンッと曲げてシャッタ−を押す。

たしかにいたおめえの姿形を広く知らしめたかった。 

じょうじょうといつまでもいつまでも響くものを、と。

ただただそのことに徹したいと願っていた。

だのに。

なんたるちや。

気づけばおれは屁をひって抜け落ちる頭髪の心配をしてひじきを食するだけのとんまな日々を過ごしてたよー。

しょうもない見栄や傲慢、性欲、虚栄心などにとらわれるあまり、

「鬱悶劣情なんぞ一切ございませんよ、ふるふるふる、ねっ、こうして笑えているでしょう」

なーんてパーフェクトなにんげんを気取ってたー。

ばーか。

小僧が歯茎むきだしたまま笑ってるー。

ぺちゃぺちゃ笑み すこやか笑み エッエッエッ笑み、だらしないほほえみ。

いろいろとすべてをていねいにごまかして、斜に構えていたよー。

しょぼいテクニックでこちょこちょとなーんぞ撮って悦にいってるー。

でもそんなこといつまでも続くわけなくて、

小賢しさとたましいのはなはだしい分裂。

日々を過ごすたびに滑って転んでゴミの山に頭から突っ込んでばかりのような心持ち。

はははははは、すっかり汚辱にまみれちまったわね。

チェッ! どうしようもなく粘っている液体が眼にこびりついてやがる!

おれ、臭ってますね。

銀蝿も喜ぶ生ゴミってかんじだ。

あっ、ぼくのくささのせいであなたのその鼻が、いまにももげそうですよ?

って、きょどきょどきょど、いつまでもくだらないなあ、と思った。

はんぺんに頭ぶつけてひとり痛がってるふりして腐っとるー、となさけなくなった。

だからおれは歩かなくてはならないと思った。

にんげんと向かい合う志しを新たにして、

ニッポン人であると信じようとして、

ぎりぎりぎりぎりぎり 路上を歩き続けようと思った。

光を舐めて陰によりそり、

黒い雨にうたれて虹をあびて海を呑んで風のなかを通って、

にんげんのあそこへ至ろうとする真摯さをまるだしのむきだしにする。

そんなことをちょっとずつ積みかさねるうち汚辱の臭いは薄れるんじゃないの、

と、思った。

鼻毛も驚いて抜け落ちるほど当たり前のことだけど、

やっとのことで、強く、実感をもってそう思えたのだった。

こんなにも時間をかけてようやっと気づくだなんてつくづく、とんまさん。

それでも、あーあ、ちくしょうメ、

どこまでも行けそうだという予感が、

まるで天竺にすらへも辿りつけるんじゃないかという予感が、

何の根拠もこれっぽっちもありゃあしないくせにまったく何もかも惑わせやがる。

おれの眼はなにも観ていない。

愛するものが待っていると信じられるその場へ

ただただ会いに行くだけだった。

見ること 話すこと 感じること 触ること 聴くこと 考えること 撮ること

これらがまったく同質となる境地へ至ろうとすること。

それが写真だと思った。


































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by umideomoukoto | 2012-08-05 11:47 | 写真と言葉 photo & word